声優・富山敬さん

 今回は「富山敬」さんについてです。富山さんは1960年代から1990年代後半にかけて活躍されていたベテラン声優なので、恐らくほとんどの若い人はその演技とお声を聞いたことがないと思います。しかし代表作はタイガーマスクの伊達直人や宇宙戦艦ヤマトの古代進など、伝説級の役ばかり。特に宇宙戦艦ヤマトのヒットが第2次声優ブームのきっかけとなったので、彼が声優という仕事を世に知らしめるのに一役買ったと言ってもいいでしょう。正統派ヒーロー以外にも銀河鉄道999の大山トチローやゲゲゲの鬼太郎(第3期)のねずみ男のようなコミカルな役も演じ、晩年は銀河英雄伝説のヤン・ウェンリーやちびまる子ちゃんのさくら友蔵(初代)など経験を活かした落ち着いた役も演じられました。またタイムボカンシリーズではナレーターを務めおだてブタの声も演じるなど、同シリーズには欠かせない存在でしたね。洋画吹き替えもかなり多くの作品に関わっていてリック・モラニスの吹き替えをほとんどの作品で担当していましたし、スタートレックやポリスアカデミーなどの有名シリーズでは通して出演されていました。
 人柄は優しく温厚で、「声優界きっての人格者」と言われています。誰にでも優しかったので先輩にも後輩にも愛されており、また面倒見が良かったため業界内では尊敬する人物として名前が挙がることも多々ありました。神谷明さんや井上和彦さんといった誰もが知ってるベテラン人気声優も、多大な影響を受けた人物であると語ってらっしゃいましたよ。さらに当時所属していた事務所を退所し新しい事務所の設立に関わった際には多くの後輩が富山さんについて行きましたし、事務所内の人気投票では常に1位だったとか。また後輩声優が泥酔して間違えて電話してきた上にタメ口で話してきたにも関わらず、「(自宅から)割と近いね。でも明日早いから行けないの。」と終始落ち着いて話されていたというエピソードもあります。酔った勢いとはいえ目上の先輩にタメ口で話すなんて、声優業界以外でも怖い話ですよね。怒鳴られたり昇進などお仕事に悪影響が出たとしても文句は言えません。間違ってかけたことに気づいた後輩声優さんはもちろん慌てて謝りましたけど、それに対しても「行きたいけどごめんね。またゆっくり飲もうよ。」と終始優しく話されていたそうですよ。
 確かな実力と菩薩のような心を併せ持つ富山敬さん。その優しい人柄とは対照的に、自身の仕事に対する姿勢はとても厳しいものがありました。さらに人気声優であったことから「自分が休むと他人に迷惑がかかる。」と、病院にも行かず体調不良をおしてお仕事を続けられました。声優は声や演技のちょっとしたクセや間合いなどが全く同じ人なんていないから、替えが利くお仕事ではないですからね。現在では声質が近い声優に代役を頼むなどが出来ますが、声優の数が少なかった時代から活躍していた方ほどこういった意識はとても強いです。しかしその自身の姿勢が仇となり、倒れて病院に担ぎ込まれたときには末期のすい臓がんで手の施しようがない状態でした。そしてその1ヶ月後、56歳の若さで急逝。あまりにも早い突然の死は業界内にもファンの間にも衝撃が走りました。私は当時小学生だったのですが、ちびまる子ちゃんのおじいちゃんの声が突然変わって、とても残念だったし違和感があったしショックでしたよ。2016年現在では3代目の方が演じられていらっしゃいますが、友蔵さんといったら私の中では小さい頃から慣れ親しんできた富山さんの声ですね。富山さんが亡くなって12年後、その功績とお仕事に対する姿勢が称えられ第1回目の声優アワードで特別功労賞を受賞。さらに第2回目以降の声優アワードでの一部門に富山さんの名前を冠した「富山敬賞」が設立。「その年に声優という職業を最も世の中に浸透させた男性の功労者」に贈られることになりました。富山さんの演技やお声を聞いたことがない声優ファンでも、この声優アワードで名前だけは知っているという方も多いのではないでしょうか。今後もこの賞がある限り富山敬という声優がいたという伝説はいつまでも残り、その功績やお人柄が後世へと語り継がれていくことでしょう。
 どんな世界にもどんな業種にも、才能に溢れたり技術に優れた人はたくさんいます。でもそこに人らしい温かい心がなければ誰もついて来ません。冷たい心しかなかったら素晴らしい仲間ややりがいのある仕事との縁を結べず、表舞台には立てずに自身の持つ力を発揮する機会が失われていってしまうでしょう。そうならないためにも実力を磨くだけではなく周りの人を大切に出来るよう、自身の人間性を磨くことも忘れないようにしてくださいね。そうすれば仲間が困っていたときに手を差し伸べ励ますことが出来ますし、逆に助けてもらうことも出来るはずです。声優のようなお仕事でもどんなお仕事でも、こういった人と人との関わり合いが何より大切ですなんですよ。